2007年04月14日
うなぎ発祥の地

私は、旧浦和市太田窪の生まれで、小学校は谷田小学校、中学は大谷場中学校に通っていました。上の写真のうなぎやさんは、その名もズバリ”太田窪谷田川”、日の出通り沿いにも”谷田川本店”があります。
有名なのは、産業道路沿いの”小島屋”、”後楽園”、そして旧中山道沿いの”山崎屋”、別所沼公園近くの”萬店”などまだまだたくさんあると思いますが、うなぎ屋さんを紹介しているわけではないので・・・。要は、うなぎ屋さんが多いと言うことです。また大谷場貝塚跡もありますし、浦和のことを昔は、浦曲とか浦回(どちらもうらわと読む)とか書いていたとか、すなわち浦和は大昔海だったのだそうです。
そんなことを調べているうちに、ぴったりの文献が見つかりました。社団法人農山漁村文化協会発行「埼玉の食事」で、その中に藤右衛門川のことや、上谷沼の事が書いてありました。
はるか昔、浦和付近は海で、その後の地殻変動から陸地化したところです。この一帯は東京湾奥の低地に連なる低湿な地帯で、その中を元荒川や荒川などの河川がゆったり蛇行して流れ、水田に利用するため多くの溜井(ためい:貯水池)がつくられた。その地域にある太田窪(だいたくぼ)は、藤右衛門(とうえもん)川が流れ、この中の上谷沼(うわやぬま)は田んぼと沼地が混在し、川魚あまた生息する水郷で、風光絶佳な行楽地となっています。
この沼畔に居を構え、200年来の伝統を誇る老舗小島屋の五代目小島庄五郎さんは、うなぎのかば焼きが広く知られるようになったのは、先祖が行楽の人々に請われるまま、とった川魚を料理して食膳に供したところ、味のよいことが評判になったことがはじまりだといいます。
藤右衛門川は、うなぎ発祥の地に大きく貢献していたみたいです。
うなぎ発祥の地に関しては、旧浦和市のホームページでも紹介されていたのですが、さいたま市に合併されたときに残念ながら廃止となりました。
リンクご協力「うなぎ大好き」
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ひつまぶし~~。ためしてガッテンで次はうなぎ特集
家庭でプロ級!うなぎ極ウマ調理術 【ためしてガッテン情報局】at 2007年07月21日 18:22
この記事へのコメント
Macky様、はじめまして。
自分も谷田小学校→大谷場中学校、実家太田窪です。
どこかでお会いしているかも知れません(いや、もしかしたら同級生かも知れませんね)。
折角見つけたのにお休み中とは残念ですが、更新される日を楽しみに、定期的に寄らせていただきます。
子供の頃を思い出させてくれる情報、ありがとうございました。
自分も谷田小学校→大谷場中学校、実家太田窪です。
どこかでお会いしているかも知れません(いや、もしかしたら同級生かも知れませんね)。
折角見つけたのにお休み中とは残念ですが、更新される日を楽しみに、定期的に寄らせていただきます。
子供の頃を思い出させてくれる情報、ありがとうございました。
Posted by たろひろぱぱ at 2008年01月08日 18:28
>たろひろぱぱさん
初めまして。コメントありがとうございます。
素性は明かすことはできませんが、何処かでお会いしているかもしれませんね。
最近、ちょっとした出来事があり、こちらのブログの更新を控えています。
転職して、仕事が忙しくなり、なかなか記事の更新ができません。
本来なら、地元ネタはこちらのブログに書き留めようと思っていたのですが、
二足のわらじは今の状態ではちょっと辛いので・・・
メインのブログは、かろうじて更新していますのでそちらにも訪れて下さい。
http://pub.ne.jp/macky/
です。
よろしくお願いします。
初めまして。コメントありがとうございます。
素性は明かすことはできませんが、何処かでお会いしているかもしれませんね。
最近、ちょっとした出来事があり、こちらのブログの更新を控えています。
転職して、仕事が忙しくなり、なかなか記事の更新ができません。
本来なら、地元ネタはこちらのブログに書き留めようと思っていたのですが、
二足のわらじは今の状態ではちょっと辛いので・・・
メインのブログは、かろうじて更新していますのでそちらにも訪れて下さい。
http://pub.ne.jp/macky/
です。
よろしくお願いします。
Posted by macky@管理者 at 2008年01月09日 21:17


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